私たちの身のまわりにある多くのものは金型を使って製造されています。金型とは、製品の形を作るための金属製の型枠のことであり、その中にプラスチックやゴムなどの材料を流し込んで成形することで、同じ形の製品を正確かつ効率的に製造できます。金型の品質は、最終製品の品質を大きく左右するため、製造には高い技術力と精密さが求められます。
豊田合成では、加工の難易度が高い、複雑な形状の製品の金型を自社で製造しています。中でも、車の「顔」となるフロントグリルは、高い意匠性が求められるため、シンプルな形状の自動車部品の金型と比べて、より精巧な技術が必要とされます。この技術は従来、職人の技によって支えられており、職人にとっては大きな負担となっていました。この課題を解決するために、豊田合成は職人の技をデータ化し、機械で再現できるように「同時5軸加工」を駆使して実現しました。
■レクサス(LS)のフロントグリルの金型

■レクサス(LS)のフロントグリル

01金型の製造と課題
金型の製造は、「設計」「加工」「組み立て・仕上げ」「品質確認」というステップで進められます。設計では製品の形状や仕様に基づいて金型の設計図を作成し、加工ではその設計図をもとに金属の塊から製品の形状を削り出します。仕上げでは、最終的な調整を行い、完成度を高めます。最後に、金型で成形した製品を点検することで、金型の品質を確認します。
■金型製造の流れ

この中でも特に加工の段階では、匠の技が必要になります。従来、金型の加工は機械による切削と職人の手作業によって行われていました。機械では、X軸(左右の動き)、Y軸(前後の動き)、Z軸(上下の動き)の3方向に切削を行う、「3軸加工機」を使用します。しかし、X・Y・Zの3方向の動きだけでは切削工具が金型に対して常に垂直になってしまうため、立体的な加工が難しく製造できる金型の形状には限界があります。そのため、何度も金型の向きを変えて3軸加工機にセットをする必要があるうえに、複雑な形状をしている部分や細かな調整には職人の手作業が欠かせませんでした。近年では、車の進化に伴って製品形状が複雑化する一方、こうした仕上げの技能を持つ職人の育成は極めて難しいため、新たな加工技術の確立が喫緊の課題となっていました。
■3軸加工のイメージ

02同時5軸加工システムの開発
この課題に対応するため、豊田合成では機械を用いて匠の技に近い精密な金型加工が可能な「同時5軸加工機」を活用するシステムを開発しました。同時5軸加工では、X軸・Y軸・Z軸の直線3軸に加え、傾斜軸(A軸)と回転軸(B軸)が同時に動くことで、人の手と同様の動きであらゆる角度からの切削が可能になります。そのため、表面がなだらかな面や複雑な形状をしている部分でも、何度も向きを変える必要がなくなり、一度のセットアップで切削できるようになりました。これにより、従来は職人の技能に依存していた複雑な形状の仕上げ加工も機械で実現できるようになりました。
また後工程となる、仕上げ職人の負担の軽減にもつながり、省人化にも寄与しています。
■同時5軸加工のイメージ

■3軸加工と5軸加工の違い

03システム開発までの道のり
同時5軸加工システムの開発を推進した担当者は、金型製造の現場で加工・組み立て・仕上げを担っていた横井です。当時、日本には3軸加工機のメーカーしか無かったため、横井は設備の選定のため、熟練した技術者が多いドイツまで足を運びました。ドイツでは国の「マイスター制度」によって技術者が高い技能を維持してたため、複雑な形状の部品加工の需要が高く、他国に比べて高度な加工技術が求められており、工作機械メーカーの5軸加工技術も先行していました。金型加工に適した機械選びに徹底的なこだわりを持ち、同時5軸加工システムの構築に着手しました。
さらに横井が取り組んだのは、ソフトウェア面での対応です。高性能な機械があっても、その脳の役割を果たす適切なプログラムがなければ機械はうまく動きません。横井は、職人たちが長年培った切削技能をソフトウェアに組み込み、同時5軸加工を完成させようと試みました。しかし、カン・コツで行われていた匠の技をデータ化するのは容易ではありませんでした。機械メーカー、刃具メーカーとも協力し、使用刃具、切削回数や加工角度などの条件を変更して何度もトライして削り、より匠の技に近い削り方を導き出しました。こうして実現したのが同時5軸加工システムです。フロントグリルといった大型の金型加工を「同時5軸加工」で実現したのは豊田合成が世界で初めてでした。この功績や、人材育成などの取り組みが評価され、2024年に横井は「現代の名工」として認定されました。
■現代の名工とは
技術や職人技を極めた、現代において卓越した技能を持つ職人や技術者に与えられる称号。高い技能・実績・業界内の評価・後進の育成の4つの基準から選出される。

▶ TOPICS
現代の名工が担う人材育成
今、製造現場では人手不足に対応しつつ、モノづくりの競争力を高めるために自動化が急ピッチで進んでいます。しかし、自動化の進展には、機械任せになってしまうという課題が伴います。一方、ソフトウェアの開発には、職人の技(カン・コツ)を機械に組み込む必要があるため、その技能を深く理解する必要があります。そのため、現地・現物で金型製造に携わり理解した開発者を育成する必要性が高まっています。現在、横井はこういった人材を育成するために、ソフトウェアの開発者へ金型製造の技術を教えるなど、積極的に伝承活動を行っています。
■金型の製造現場で作業をする横井


04ナノ加工技術への挑戦
豊田合成では5軸加工技術を進化させ、より微細な部位の加工を可能にする「ナノ加工」技術の導入を進めています。この加工機は、髪の毛の約1万分の1という厚みで切削することができるため、微細な表面加工を必要とする製品の金型製造に活用されています。
その1つが、車のセンシング機能を支えるミリ波レーダを透過可能な「ミリ波レーダ対応エンブレム」です。肉眼や触感ではわからないようなわずかな凹凸でも性能に影響を及ぼすことから、更なる性能の向上のために、より精密な加工が必要になります。
今後、自動運転の進展などにより、フロント部分には多数のセンサが搭載されていきます。このような次世代の自動車部品づくりを支える技術として、豊田合成の金型加工技術は期待されています。
■ミリ波レーダ対応エンブレム


開発者の声
高品質な金型でより良い製品を社会に届けたい
金型の製作に同時5軸加工を活用することで、高精度化・加工効率向上・工具寿命の延長・コスト削減といった多くのメリットがあります。特に複雑な形状の仕上げを職人に頼らなくても効率よく加工でき、利点の大きい技術です。
今後、同時5軸加工は航空宇宙、自動車(自動運転等)、医療、再生可能エネルギーなど、精密加工が求められる分野での活用が加速していきます。さらに、AIやIoTとの融合により、自動化・高効率化などの技術革新も進むと考えられます。
現地、現物、現実で、モノづくりの基本を教え、匠の技能を機械加工技術へと組み込める技術者の人材育成に尽力することで、高品質な金型でより良い製品を社会に届けられるよう、貢献していきます。
TG人材育成センター 人材育成推進室 横井 浩二
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